鳥取地裁判決傍聴報告

鳥取地裁判決
家族に対する差別について、国の賠償責任を初認定

国のハンセン病隔離政策で、療養所に入所していなかった母親(1994年死亡)とともに差別を受けたとして、鳥取県で暮らす遺族が国と県に国家賠償を求めた訴訟の判決が9月9日、鳥取地裁でありました。傍聴席は満席で、支援者、マスコミ関係者で約50人でした。大阪からは、いちょうの会、家族・遺族の会、ハンセン病回復者支援センターが参加しました。
大島雅弘裁判長は「国は患者の子に対する偏見・差別を除去する措置を取るべきだったのに放置した」と、国の賠償責任を認める初の判断を示しました。しかし、原告の請求については、母親から相続した損害賠償請求権については時効としました。さらに原告は、母親の診療記録が開示された97年まではハンセン病だと知らなかったと判断。だから患者の子だったことによる不利益はなかったと結論づけ、棄却しました。1960年代に母親は阪大病院に通院しており、原告も付き添いをしており、この判断は間違っています。また、訴訟では「無らい県運動」を推進した鳥取県の法的責任も初めて争点になりましたが、判決は「国の隔離政策が前提」として認めませんでした。

報告集会で、原告代理人の神谷誠人弁護士は、「ハンセン病患者の家族への偏見や差別を除去する責任があったと国の責任を認めた意義はきわめて大きい」と述べました。原告側は控訴しました。