参加している団体の活動紹介

 いちょうの会が参加している団体の活動紹介

ハンセン病市民学会とは

 2005年5月、ハンセン病国賠訴訟の弁護士、研究者、療養所入所者、社会復帰者、メディア関係者、支援者を含む市民などハンセン病問題に関心を持っている多くの方々によって設立された組織。今年で12年目を迎えている。
 

 2001年5月11日のハンセン病国賠訴訟で原告側(療養所入所者等)の勝訴判決後、2002年に厚生労働省委託に基づいて「ハンセン病問題検証会議」が設置された。長年続けられた国の誤った隔離政策による人権侵害ついて、多方面から真相究明を含めた検証作業を行い、それらをとりまとめた報告書が2004年に出された。
 

 
その中で十分に検証、解明されなかった問題についてさらに継続して取り組み、ハンセン病に対する偏見・差別を解消し、ハンセン病問題における歴史の教訓をこれからの社会のあり方へ引き継ぐことを目的としてハンセン病市民学会が設立された。他の人権課題との連携を図り、この目的を達成するため、交流、検証、提言の3つを活動の柱としている。
 

 
年1回、判決の出された5月11日前後の土曜、日曜日に主に療養所のある地で交流集会、総会を開き、全国から毎年延べにして千人以上の参加者が集い、直面する様々な課題を取り上げ意見交換、議論するなど研修の場ともなっている。また、それらの構想をまとめ国や地方自治体、社会に発信、提言なども行っている。
 

 ハンセン病市民学会は年3000円の個人会費、年1万円の団体会費を払えば誰でも会員になることができ、個人会員、団体会員で構成されている。ハンセン病関西退所者いちょうの会も団体会員となっている。会員の中から共同代表数名、運営委員15名以内を選出、事務局長1名、事務局次長1名とともに組織委員として会の運営にあたり、会の日常業務を執行するために事務局を置いている。また、毎年の交流集会の内容を収録した報告書を解放出版社から発売している。

 ハンセン病問題はまだまだ未解決であり、課題も山積しているなかで、特にかつて「無らい県運動」と称して国、地方自治体、市民がこぞって地域からハンセン病患者を排除した歴史は、今もって療養所入所者、社会復帰者、その家族の方々に大きな被害を与え、人権回復にいたっていない。この教訓を現代に生かすことは市民学会の責務でもあるとして活動をしている。

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ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会・関西実行委員会(未)

 

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外島保養院の歴史をのこす会

 いちょうの会もメンバーとして共に活動しています。

 
以下は、2014年9月26日の設立趣意書です。

 
外島保養院は、1907年公布の法律「癩予防ニ関スル件」にもとづき、1909年、神崎川河口(現・大阪市西淀川区中島付近)に、第三区連合府県立療養所として開設されました(大阪府知事主管・定員300名)。大阪府・京都府・兵庫県・奈良県・滋賀県・和歌山県・三重県・岐阜県・福井県・石川県・富山県・鳥取県の2府10県内のハンセン病患者を隔離収容することを目的とする療養所でした。

 外島保養院が開設された地は、神崎川最下流の中州に位置し、南は大阪湾に面した海抜0メートルの低湿地帯で、四方2㎞以内には人家もなく、井戸水も塩水という療養にも適さず、また水害の危険のある極めて立地条件の悪い場所でした。

 1919年、国の1万床増床計画にもとづく施設拡張のため、大阪府旧泉北郡への移転計画が持ち上がったこともありましたが、移転先住民の反対運動により移転計画は頓挫し、最悪の立地条件の中で施設が拡張されました。

 1934年9月21日、外島保養院は、近畿地方一帯を襲った室戸台風の大雨・暴風・高波により施設は壊滅し、入所者173名を含む196名もの尊い命が奪われました。

 その後、大阪府内での再建が企図されましたが、候補地住民の反対運動にあって実現せず、結局、岡山県の長島(現在の邑久光明園)に移転しての再建を余儀なくされたものです。
現在は、邑久光明園入所者自治会が外島保養院の跡地付近に「外島保養院記念碑」を建立し、毎年慰霊祭が行われていますが、時代とともに、その記憶も薄れかけようとしています。
地域からハンセン病患者を排除し療養所に追い込んだこと、風水害の危険の高い地域に療養所を設置し続けたこと、室戸台風で多くの犠牲者を出したこと、そして再建すら許さなかったこと、これはまぎれもなく国、地方自治体、市民が一体となって行った「無らい県運動」と偏見差別が引き起こしたものです。
私たちは「自分たちの地域に療養所が無いことの責任」を改めて自覚し、二度とこのような偏見差別被害がおきることのないよう行動しなければなりません。外島保養院の歴史を知ることは、この自覚と行動の大きな契機となるものです。
本年9月21日で、室戸台風による外島保養院の悲劇から80年を迎えようとしています。
私たちは、外島保養院の歴史に関する記録や記憶をのこし、それを後世に伝えることで、ハンセン病問題の全面解決と偏見差別による同じ過ちを繰り返さないことを目的として、「外島保養院の歴史をのこす会」を設立いたします。

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